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札幌家庭裁判所 昭和39年(少)1619号 決定 1964年6月24日

少年 S(昭二〇・一一・二四生)

主文

少年を旭川保護観察所の保護観察に付する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、A(昭和一九年二月二五日生)、B(昭和二一年八月二五日生)と共謀し、田○子(一九歳)を強姦しようと企て、昭和三八年一一月○○日ごろ午後七時すぎごろ、札幌市○○町東○○六六七前○アパート二階の同女の居室において、同女に対し、まずAが刃渡二三センチメートルの短刀をその胸もとに突きつけて「やらせれ」などと要求し、その反抗を著るしく困難にしたうえ、A、少年、Bの順に強いて同女を姦淫したものである。

(適条)

強姦 刑法一七七条、六〇条

本件については、昭和三九年二月二四日当庁において刑事処分相当として検察官送致決定がなされ、同月二七日札幌地方裁判所に公訴が提起されたが、同地方裁判所において、審理の結果、同年六月一二日保護処分相当として、少年法第五五条により当庁に移送する旨の決定がなされたものである。移送の理由は、同裁判所の決定中に明らかであるが、要するに、本件非行は、被害者の貞操観念に乏しい生活態度に誘発された点が認められるうえ、被害者も公判廷においては宥恕の意思を表明していること、少年は、これまで非行歴なく、中学在学中も問題のないむしろ真面目な生徒であり、本件も非行歴があり、他にも同種強姦の嫌疑のある共犯者等に引きずられて犯したものと認められ、その犯罪的危険性はさほど深刻なものとはいえず、本件に対しても真摯な後悔の態度がみられることや少年の性格特性等からみると事案の罪質の重大性等を考慮しても、これにいま直ちに刑事処分をもつて臨むのは適切でなく、むしろ、個別的処遇に習熟した少年保護機関による性格の矯正と環境調整に期待するのが相当であるというにある。

そこで本件の処遇について考えると、まず、本件非行の罪質、態様は右移送決定も指摘するとおり、悪質といわなければならない。そして、当庁において、検察官送致決定がなされた当時は、少年についてさらに三件の強姦の余罪が搜査中であり、少年もほぼこれを認める供述をしているため、この点の追送致のあることが見込まれる状態にあつたのであるから、当時において、刑事処分相当との判断がなされたことも十分首肯し得るところである。しかし、その後において、本件共犯者等については強姦余罪の送致、追起訴が相ついだものの、少年については搜査の結果、余罪については、嫌疑の十分でないことが判明し、結局余罪が全く認められないこととなつた。しかも、右移送決定もいうとおり、本件被害者はその後、公判廷において、明確に宥恕の意思を表明しているのである。これは注目すべき事情の変化といわなければならない。もともと、少年はこれまで、学校においても職業についても、おおむね精勤、勤勉で、適応した生活を送つてきており、特段の非行歴なく、本件にいたるまでの一時期における生活態度の乱れも、同室に起居する本件共犯者等の不良感染によるものと認められるし、本件時の行動も追従的である。そして、本件の悪質さについても、少年は、すでに逮捕後五ヵ月におよぶ拘禁生活と、三月余にわたる公判での審理を経験して、この間罪責の重さを自覚し、強い後悔の色を示すに至つていることをうかがうことがでできる。こうしてみると、現在においては、右移送決定もいうとおり、本件について、少年の刑事責任を問うことが適切とはいい難いといわなければならないのみならず、とくに少年の犯罪的危険性がさほど高度ではなく、その性格ならびに生活態度の問題性も決して強くないことを考えると、少年院における矯正教育も適当とは認められない。結局、本件については、少年を保護観察に付し、今後相当期間補導調整を加えることが相当と認められる。

よつて少年を旭川保護観察所の保護観察に付することとし、少年法二四条一項一号を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 菊池信男)

参考

地裁決定(札幌地裁 昭三九(わ)一四九号 昭三九・六・一二刑事第二部決定)

主文

本件を札幌家庭裁判所に移送する。

訴訟費用は、その三分の一を被告人の負担とする。

理由

一、本件公訴事実の要旨は、

被告人は、少年であるが、A、Bと共謀の上、田○子(当一九年)を強姦しようと企て、昭和三八年一一月○○日頃の午後七時過頃、札幌市○○町東○○六六七番在前○アパート二階の同女の居室に赴き、同女に対し、右Aにおいて、所携の刃渡り二三糎の短刀を突きつけ、「俺の云うことを聞かんのか、やらせれ、やらせないと刺すぞ」と申し向けて脅迫し、もつて、同女の反抗を抑圧した上でA、被告人、Bの順に、強いて同女を姦淫したものである。

というものであるが、右の事実は、当裁判所が取調べた各証拠によりその証明が十分であり、かつ、右所為が刑法六〇条、一七七条前段に該当することは明らかである。

二、そこで、以下、当裁判所が被告人を主文掲記の措置に付するのを相当と判断した理由の骨子を明らかにすることとする。

1 本件犯行の動機、罪質その他の情状について

本件は、前判示のとおり、その犯行に際し、被害者を脅迫する手段として、極めて鋭利で危険な刃物を用いて敢行されたものであること、また本件は一般に輪姦といわれる形態の犯罪であるが、被告人等は、その犯行を通じて、殆んど何らの逡巡を見せることなしに、終始平然かつ大胆な行動に出ていること等、その罪質は決して軽いとはいえない。しかしながら、一方、本件犯行を誘発するに至つた原因のひとつとして、少しく常軌を逸脱した被害者田○子の日頃の生活態度が禍いしていることもまた否定できないところである。すなわち、被害者は、昭和三八年秋頃実家を家出して、本件犯行当時、いずれも右Aを初め、被告人等の遊び仲間である自動車運転手C、D両名の居室(本件犯行の現場)に身を寄せていたものであるが、少なくとも右Dとは夫婦同様の肉体関係をもつ間柄にあつたことは被害者自らこれを認めているところで、未成年の女性でありながら、二人の男性と雑居するというその生活が必ずしも健全なものでなかつたことは否むべくもない。他方、被告人等は、右Cから、同人もまた被害者と肉体関係をもつたことがある旨を聞かされ、被告人等にも被害者と肉体関係を結ぶことがさして難事ではないことを、それとなく、示唆された事実がうかがわれる(このことは、右Cが真に被害者の身体と貞操の安全をおもんばかるという気持をもつていたならば、本件犯行の直前に警察に通報する等の措置をとることにより、本件のごとき不祥事の発生を未然に防ぐことが比較的容易であつたと思われるにも拘わらず、何等そのような措置に出なかつたのみか、かえつて、被告人等の犯行を暗黙裡に容認する行動をとつている点からも推知するに難くない((C、Aの司法警察員に対する各供述調書参照)))。右のような一連の事情が、被告人等に、本件被害者がどちらかといえば貞操観念の乏しい性的に浅薄な女性であるとの考えを懐かせ、ひいては、本件のごとき犯行を思い立たせるに至つた有力な要因のひとつであることは、これを首肯せざるを得ないところである。更に、被害者が本件を告訴するに至つた経緯にてらすと、被告人等の処罰を求める意思がどの程度真剣な本意に発したものか疑わしい点が少なくなく、現に、当公判廷では、明白な宥恕の意向を述べている(田○子の当公判廷における証言参照)。

2 被告人の生活歴、家族関係、環境等について

被告人は、実父の病死後に出生するという悲運な境遇のもとで生涯のスタートを切つたものであるが、洋服仕立等で生活をたてていた母親に育てられ、本籍地の中学校を卒業後、更に同地の定時制高校に通学するかたわら、木工場の工員として稼働し、昭和三八年五月右高校を二年で中退したのち、札幌に出て、肩書住居地で運送業を営なむ○原商店こと○原芳(母親の実兄)方で自動車運転助手として住込店員として働くこととなつたものである。ところで、被告人は、○原方に住込むまでは、さしたる非行歴・問題行動もなく(被告人は、高校時代煙草を所持しているのを警察官に注意されたことがあるという。)、むしろ中学在学中は一日の欠席もなく、学業、成績も比較的優秀で、性格的にも協調性に富み、自省心と責任感の強い生徒であつたことが認められる。もつとも、実家を離れ、高等学校を中退までして、○原方に勤務するようになつたのがいかなる事情と動機によるものであるかは必ずしも明らかでないが、おそらく、自動車の運転免許を得たいという被告人個人の希望が、その大きな理由であつたものと推測される。ところで、本件の共犯者であるA(当二〇年)は、右○原芳の三男で自動車運転手として、B(当一七年)は、自動車運転助手として、昭和三八年九月頃から被告人同様右○原方に住込み稼働し、いずれもその仕事の面ではもちろん、毎日の起居をも被告人と共にしていたものであるが、右両名は過去に非行歴を有するところ、本来被告人等を指導監督すべき立場にあつた前記○原芳が病身のため、仕事の面でも私生活の面でも、被告人等を放任していた実情にあつた結果、勢い、Aが中心となつて、監督の目が届かないのをよいことに、主に、不純異性交友等の非行を重ね、本件もまた、かような事情の中で起つた強姦事件のひとつであるが、A、Bの両名については本件のほかにも同種の事犯により強姦の疑いがあるとして、現に当裁判所に起訴・係属中の別件がある。

3 家庭裁判所への移送を相当とする事由について

以上の諸事情を考えあわせると、被告人は、A等にひきずられて本件犯行に及んだものと認められ(このことは、本件犯行の際における被告人等三名の行動自体にもあらわれている。)、なお、本件のほかにも被告人自身に不純異性交友の非行がある事実は、被告人が家庭裁判所調査官に自供しているところであるが、幸いA等と異り、これらについては、強姦事件として起訴されることなしに終つており、さらに、前記のように、被告人の非行歴の期間も未だ比較的短く、その犯罪的危険性もさほど深刻な段階にまで達しているとは即断できず、現在の悪環境の調整にこそ、小さな焔の揺らぎ始めた被告人の社会的不適応性を最小限に喰い止めるうえで、最も強力な効果を期待し得るものと考えられる。これに加えて、被告人は、公判廷において、かなり真摯な態度で、深く前非を恥じており、かつまた被告人の叙上のような学業成績および札幌少年鑑別所における鑑別結果にあらわれた性格特性等からみると、被告人に対しては、前記のごとき本件事案の罪質の重大性等を考慮に容れても、いま直ちに刑事処分をもつて臨むのは必ずしも適切を得た措置とは考えられず、むしろ、個別的処遇に習熟した少年保護機関による性格の矯正と環境調整に期待を託するのが相当と認められるので、少年法五五条を適用して、本件を札幌家庭裁判所に移送することとし、なお、訴訟費用については、刑訴一八五条にしたがい、その三分の一を被告人の負担とする。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 辻三雄 裁判官 角谷三千夫 裁判官 東原清彦)

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